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大阪高等裁判所 平成6年(行コ)66号 判決

控訴人

井上芳和

右訴訟代理人弁護士

小沢秀造

被控訴人

二見幾次

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は、稲美町に対し、二四万二六三〇円、及びこれに対する平成四年五月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は肩書住所地に居住する普通地方公共団体稲美町の住民であり、控訴人は昭和六三年当時から稲美町の町長の職にある者である。

2  控訴人は、昭和六三年一〇月三一日、町会議員一八人全員に対し、稲美町の行政視察旅行の旅費として一人一五万円ずつ計二七〇万円を支払った。

3  しかし、右は違法な公金支出であり、各議員は旅費を不当利得した。すなわち、

(一) 右旅費の実質は議員報酬の上乗せであるから、給与条例主義に違反する違法な公金支出である。

(二) 右行政視察旅行の目的地は沖縄県とされているが、これは全くの名目だけであり、議員は誰一人として最初から沖縄県に行くつもりなどなく観光旅行、親睦旅行その他自己の自由な用途に使用するつもりで右旅費の支給を受け、現にそのような用途に使用しているから、旅費の支出は違法な公金支出である。

(三) 各議員は一人も視察目的地とされた沖縄県に行っていないから、支給を受けた旅費を不当利得した。

4  各議員は、平成三年一月二八日、いずれも支給された旅費相当額一五万円を稲美町に返還した。

5  各議員は右の遅延損害金又は利息は一切支払わず、控訴人もその支払を求めなかった。この行為は違法である。

6  そこで、被控訴人は、平成四年二月四日、稲美町監査委員に対し、前記旅費支出は違法であり、控訴人は町に対し、右利息相当額を賠償すべきであるなどとする監査請求をしたが、同監査委員は、同年三月三一日、監査請求には理由がない旨の決定をし、右決定はそのころ被控訴人に通知された。

よって、被控訴人は、控訴人に対し、稲美町に対して右旅費相当額二七〇万円に対する昭和六三年一〇月三一日から右旅費返還の日である平成三年一月二八日までの遅延損害金又は利息三〇万三七五〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年五月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払をなすことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。ただし、旅費は議会事務局が一旦全額預かり、各議員の視察の際、これを各議員に支払った。

3  同3の主張はいずれも争う。

4  同4、5の各事実は認めるが、同5の主張は争う。

三  控訴人の主張

1  本件は違法な公金支出ではない。

各議員は、沖縄県には行っていないが、一名を除きそれぞれ他の地に行政視察に赴いている。

したがって、右旅費は実質的報酬などではないし、各議員が観光旅行等私的用途に費消したものでもなく、予算の目的外使用ではない。

なお、行政視察目的地の変更について正式の手続をとっていないが、これは地方自治法二二〇条二項の禁止する各「款」又は「項」間の流用に当たらないから、違法な予算の流用でもない。

2  各議員に悪意の不当利得は成立しない。

(一) 各議員に出張命令違反はない。

議員の出張、旅行の際、正式には議会の議長が各議員に出張簿に記名、押印してもらい確認の押印をすることとなっているが、議長は各議員に出張、旅行を命令しているわけではない。

(二) 視察目的地の変更は実質的には変更に当たらない。すなわち、稲美町では、議会事務局と議長が協議の上、予算の範囲内で適当な視察先を選定してこれに基づき予算の執行を受けて議会事務局が保管し、そのうえで各議員又は会派毎に視察先を選定し、議会事務局から予算で決められた旅費の支払を受けて視察を実行する慣行が存在した。これは手続を簡略化したものであるが、違法とまではいえない。

本件も、このような慣行に従って各議員は視察を実行したものであるから、旅費を不当利得していない。

(三) 各議員には自ら選定した適切な視察地に行政視察に行くべきとの認識はあったものの、出張命令を受けておらず、沖縄県に行かなければならないとの認識もなかったから、旅費の受給につき法律上の原因が存在しないことを認識してはいなかった。

(四) 各議員は、一名を除いて現実に行政視察を行なっているから、町に損害は発生していない。

(五) 地方自治法二四二条の二第一項が、職員に対する不当利得返還請求は、職員に利益の存する限度に限る旨定めていることからすれば、利息は請求できない趣旨と解すべきである。

3  仮に、各議員の行為が違法であり、各議員が不当利得しているとしても、議会の自律権、議会と執行機関である町長の責任の独自性に照らして、町長である控訴人がその責を負うことはない。

理由

一  請求原因1(当事者)及び同5(監査請求)の各事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2の事実のうち、控訴人が町長として、昭和六三年一〇月三一日、町会議員一八名全員の行政視察旅行の旅費として一人一五万円ずつ計二七〇万円を支出したこと並びに請求原因4及び5の各事実(同5のうち違法性の主張を除く。)は当事者間に争いがない。

右争いのない事実並びに甲一二号証、乙一号証の1ないし4、乙二号証、二二ないし三六号証、四〇、四一号証、四三号証、四五号証、証人山田隆治及び同前川正明の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  稲美町では、昭和六三年より前から、町議会議員が、毎年、各個人又は会派ごとに適切と判断して選定した行政視察先に赴く視察旅行が実施され、そのための予算措置がとられていた。

2  昭和六三年度においても、右のような議員の旅行費用に宛てる目的で(他の目的があったか否かは不明)議会費の中の「委託料」(地方自治研究委託料)として二七〇万円が当初予算に計上された。

しかし、右のような予算措置には地方自治法上疑義があることから、昭和六三年七月一日に議決された補正予算において、右委託料が零円に減額され、「旅費」(議員特別旅費)として二七〇万円が追加された。

3  その後、議会事務局と議長が協議し、予算の範囲内で各議員に同一金額旅費を支給することを前提として、視察先として、一応、沖縄県那覇市及び石垣市を選定した。

そして、議会事務局は、右両市を視察先とし、出張者・町会議員一八名全員、視察目的・青少年健全育成総合施策の策定、自然環境の保全について、出張期間・昭和六三年一一月九日ないし同月一二日(三泊四日)とする「宿泊出張旅費計算書」(乙二)を作成した上、同年一〇月中旬ころ、右計算書を添付した「支出負担行為兼支出決定書」(乙一の4)を起案した。これには、前記補正予算の執行であることが記載されているほか(支出額は二七〇万円)、内訳として「一一月九日ないし一二日、沖縄県那覇市、石垣市、全議員先進地行政視察旅費、一人一五万円」との記載がある。

右支出負担行為兼支出決定書については、議会事務局長のほか、助役、町長(控訴人)、収入役らが順次決裁をして、町長の控訴人がこの支出を命じ、同年一〇月三一日、その支出決定に係る二七〇万円が概算払で議員らに支出された。この二七〇万円は議会事務局が議員のために預かって保管していた。

4  右二七〇万円については、町議会議長名で領収書(乙一の1)が作成されているほか、右領収書には全議員の記名、押印のある個別の領収書二枚(金額一人一五万円、事由として右「内訳」と同旨の記載がある。乙一の2、3)が貼付されて一体化している。

5  しかし、その後、沖縄県に視察に赴いた議員はいない。

ただ、一名を除く各議員は次のとおり各地に赴いた。

三名の議員は、昭和六三年一一月二九日から一二月二日までの間、台湾に旅行し、帰国後、町議会議長あてに視察報告書を提出している。

一名の議員は、平成元年二月八日、茨城県東茨城郡御前山村を訪れた。これについては稲美町の議会議長から同村の議会議長及び村長宛てに、事前には行政視察についての依頼状、事後には礼状がそれぞれ発せられている。

一〇名の議員は、平成元年二月九日から一一日までの間、長崎県長崎市及び福江市を訪れ、後日、福江市役所で市議会議長らと面接した際の応答などを記載した視察報告書を作成して議会事務局に提出している。この際も、稲美町の議会議長から福江市の議会議長及び市長宛てに依頼状及び礼状が発せられている。

三名の議員は、平成元年二月七日、香川県仲多度津郡多度津町を訪れたが、これについても、前同様、議会議長から行き先の議長、村長宛ての依頼状、礼状が発せられている。

これらの各議員一七名は、それぞれ旅行の前に議会事務局から預けていた一人一五万円の前記旅費を受領して旅行費用に充てた。

なお、昭和六三年一〇月三一日当時議長であった残り一名の議員は家族の病気のためどこへも旅行していないが、議会事務局から一五万円の旅費を受領し(その時期は不明)、当人はこれで書籍を購入したと述べている。

6  右議員らは、平成三年一月二八日、沖縄県那覇市、石垣市に出張しなかったことを認め、右受領の出張旅費計二七〇万円(一人当たり一五万円)を稲美町に返還した。

しかし、右旅費受領から返済までの利息は、右議員らにおいて支払わなかったし、稲美町長の控訴人もこの支払を求めたことはなかった。

7  稲美町の「議会の議員の報酬及び費用弁償等に関する条例」四条一項は、議員が公務のため旅行した場合は、費用弁償として旅費を支給する旨、六条は、右条例に定めるものを除くほか、議員の費用弁償の支給方法は一般職の例による旨それぞれ規定している。一般職の旅費等について定めた「稲美町職員等旅費条例」(以下「職員等旅費条例」という。)は、概算払による旅費の支給を受けた者は、旅行完了後旅費の精算を要する旨(一〇条二項)、旅行者は、旅行命令等(定義規定はないが、国家公務員等の旅費に関する法律四条で定められているのと同義で、旅行命令と旅行依頼を総称するものと解される。)に従って旅行できない場合は、予め又は旅行後速やかに旅行命令等の変更申請をすべき旨(五条一、二項)、この旅行命令等の変更申請をすることなく旅行命令等に従わない旅行をした場合は、旅行命令等に従った旅行に対する旅費のみの支給を受けられる旨(五条三項)それぞれ規定している。

三  右認定の事実からすると、控訴人が議員一八名が昭和六三年一一月九日から一二日に沖縄県に旅行する旅費の概算払として、二七〇万円の支出を命じ、これを同年一〇月三一日に支出させたことは、違法とすることができない。

前記のとおり議員らは沖縄には旅行せず、別の場所に旅行し、あるいは旅行していないものであることからすると、議員らは右旅費支出の当時から、この旅費をもって沖縄県には旅行しないつもりであったものと推認される。しかしながら、町長である控訴人において、それを知っていた証拠はないし、町長としては自己の監督権限の及ばない議員全員から、予算の範囲で支出の請求があった場合、議会を尊重して、一応は概算払を行い、予定旅行日ののちに支出事由である沖縄への旅行の有無を確認して精算を求めることにするのは相当といえるからである。

四  しかしながら、議員らは、旅費支出事由である沖縄への旅行を行わなかった以上、この旅費を返還すべきであり、町長である控訴人はこの返還を求めるべきである。

すなわち、二7認定の職員等旅費条例の各規定によれば、一般職の職員が概算払による旅費の支給を受けながら、旅行命令に従った旅行を全くしなかった場合及び公務の必要又は天災等により旅行命令とは異なる日程、経路で旅行したが、旅行命令の変更申請をしなかったような場合は、支給された旅費を全額返還すべきことになり、議員についてもこの理は妥当する。

すなわち、議員に対して命令服従関係に基づいて旅行命令を発令する者は存在しないとも解される。しかし、およそ、日程、経路が具体的に特定されない限り旅費の計算は不可能で旅費の支給ができないことはいうまでもないし、議員についてその例によるとされる職員等旅費条例の右各規定からしても、会計手続上、議員の旅行について旅行命令又は旅行依頼に類するものが必要と解される。また、旅費の適正な支出を担保するためにも、旅行先、目的、日程等については少なくとも議会内部での確認的作業を要すると解される。証人山田隆治及び同前川正明の各証言によれば、本件の場合も、その名称、形式は定かでないが、旅費の概算払に先立って町議会議長が沖縄県への旅行命令又は旅行依頼に類するものを作成していたものと推測される。しかして、その目的からすれば、かような旅行命令又は旅行依頼類似のもので指示又は確認された旅行先を変更する場合は、その旨を議長に申告してこれに符合する新たな指示又は確認を得る必要があり、これをなさないで予定の経路を全く経由せずに異なる目的地に旅行した場合は、それが公務上のものであろうと、概算払で支給された旅費を全額返納すべきものと解するのが相当であるし、全く旅行をしなかった場合も当然全額返納すべきである。

本件についてこれを見るに、当初の沖縄県への視察旅行の予定期間は昭和六三年一一月九日から同月一二日までであり、右期間終了の時点までに議員から議会議長に対して旅行の変更申告がなされた形跡は全くないから、各議員は、同月一二日の経過をもって、いずれも受領した旅費一五万円を返還すべき義務が生じ、この額相当を不当利得したものというべきである。

もっとも、議員らは一名を除き二5認定のとおり長崎県などに旅行しているが、本件の旅費支出は沖縄への旅行のために支出され、長崎県ほかへの旅行のために支出されたものではないから、旅行命令または旅行依頼類似のものの変更手続きがされていない以上、長崎県ほかへの旅行がされていることを理由に、議員らにおいて受領した旅費の返還義務がないことになるわけのものではない。

五  議員らは平成三年一月二八日に受領した旅費計二七〇万円を稲美町に返還しているが、その他に返還日までの利息を返還すべきものである。

前記二4のとおり沖縄旅行を支給事由とする旅費領収書に議員らの押印がされていることからすると、議員らはこの旅費の支給時点でこれが記載のとおり昭和六三年一一月九日から一二日に沖縄県に旅行する旅費の概算払として支給されることを知っていたと認められる。この押印の際に記載の支給事由を見なかったとしても、それには重大な過失がある。

議員らがこの支給の時点でこの旅費をもって沖縄県には旅行しないつもりであったこと、現に沖縄県への旅行をせず、旅行命令または旅行依頼類似のものの変更を受けていないことも前認定のとおりである。

そうすると、議員らは旅費返還義務が生じてこれを不当利得した昭和六三年一一月一三日の時点で、これが返還すべきものであることを知り、または重大な過失によりこれを知らなかったものというべきである。

本件のような場合、各議員は、旅費元金のほか、悪意の不当利得成立の日以降元金返還の日までの利息も支払うべきものと解する。その理由は、原判決四枚目表二行目冒頭から同枚目裏七行目「いるのである。」までと同一であるから、これを引用する。

右によれば、議員らにはいずれも一五万円に対する昭和六三年一一月一三日から平成三年一月二八日までの間の利息の支払義務がそれぞれ発生した。

六  地方公共団体の金銭債権は、他に法律上の規定のない限り五年間これを行わないときは、時効により消滅し、この時効完成については援用を要しないものとされており(地方自治法二三六条)、右旅費返還債権については他に法律上の規定は存しないから、当審の口頭弁論終結時である平成七年八月三〇日の五年前である平成二年八月三〇日以前に生じた右各利息債権はいずれも確定的に時効消滅していることになる。

七  控訴人が、各議員に対し、前記利息債権の行使をしなかったことにつき損害賠償義務を負うか否かについて判断する。

町が債権を有する場合、町長としてはそれを行使してその回収を図るべきは町長として当然の義務であるから、控訴人が各議員に対し、利息返還請求権を行使しないのは違法である。

八  本件の場合、稲美町が各議員に対して旅費相当額の不当利得返還請求権を取得するか否かについては格別深刻な法律問題を孕むものではなく、会計手続からすればこれを肯定するのは極めて常識的な結論であると解される。稲美町が各議員から旅費の返還を受けている(乙三ないし二一号証によれば、議員特別旅費戻入金として収納している。)ことからすれば、稲美町は各議員に不当利得が成立していると解していたと見るほかないし、控訴人が会計監督権を行使して右措置を是正させた形跡もないから、控訴人も別異の見解を有してはいなかったと解するほかない。

さらに各議員が旅費相当額を不当利得し、かつ前記説示の時点から悪意となったことも容易に判明するはずであり、また、それ以後利息の支払義務を負うに至ったことについても、本件のような場合、民法の一般原則を排除すべき特段の理由はないから、控訴人がこれを知るに格別の困難はない。

したがって、利息債権を行使しなかったことについて、控訴人には過失があるというべきである。

九  しかしながら、本件の場合、稲美町は各議員に対し右利息債権を有している限り、これを回収することが法律上又は事実上不可能にならなければ、町にはいまだ控訴人の違法行為による損害が発生していないものと解するのが相当である。

本件の場合、平成二年八月三一日以降平成三年一月二八日までの間に発生した利息債権についてその回収が法律上又は事実上不可能になったことを窺わせる証拠はないが、平成二年八月三〇日以前に発生した利息債権は時効消滅しているからその回収は法律上不可能になったと解される。

以上によれば、控訴人が損害賠償義務を負う損害は、二七〇万円に対する昭和六三年一一月一三日から平成二年八月三〇日までの間六五六日分についての民法所定年五分の割合による利息二四万二六三〇円となる。

一〇  結論

以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し、稲美町に対して二四万二六三〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年五月一〇日(右事実は記録上明らかである。)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすことを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきところ、これと結論を一部異にする原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官河田貢 裁判官佐藤明)

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